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Dr.コトー診療所

f0007926_1125053.jpg実は、好きな番組です(笑)
おとといから、セカンドシーズンが始まりましたね。うちは、何故か地上波を受信できず観られないのが残念なんですが・・・

Dr.コトー診療所


ファーストシーズンも、テレビではなく、DVDを借りてきて観たクチなんですが、原作はコミックです。こちらもなかなか面白そうなので読みたいんですが、20巻まであるし、大人買いするにしてもちょっと大量すぎて(^_^;)

とある孤島に医師として赴任した青年が、孤軍奮闘する中で徐々に島民の信頼を得て行く、というありそうなプロットなんですが、ドラマがなかなかよく出来ていて、ストーリーもだけど、どのショットをとってもそのまま絵葉書になりそうな与那国島の風景がすばらしい。Dr.コトーこと五島健助医師は、凄腕の外科医という設定で、設備の整わない島の診療所でウルトラC並みの難手術をこなしたりするんですが、ありえんだろーーー!とツッコミを入れる以前に、手術や治療の技術よりも、島で暮らす人々の心のふれあいの方に目が行ってしまいます。原作ではどうかわかりませんが、ドラマの方では「医療」はただのきっかけで、人間がどうやって生きていくのか、その自然の生業の方をテーマにしている感じですね。

コトー先生も、決して人を説得したり、諭したりするわけではなく、自分の力の限り島民の命を守っていこうとしているだけだし、島の人々も、自分が出来る方法で周りの人を助けていこうとする。「島の人全てが家族」というセリフが時々出てくるんですが、時にわずらわしいほど他人に干渉してくる島民の姿は、過去、日本のどこに地域に行っても見られたものかもしれません。

様々な世代の人たちが、互いに助け合い、影響し合い、学び合って社会を形成すると言うのは、実はすごく自然なことだと思います。目の前で人が亡くなるのを見て、その同じ目が人の誕生を見る。別に学校で「命の尊さ」なんて習わなくても、それだけでわかるような気がします。いつから、社会は世代間に垣根を作るようになったんだろうなぁ??と思ってしまいました。

この物語はフィクションですが、いつぞや少子化についての特集で、沖縄で出生率の高い地域は、住民同士の連携がしっかりしており、他人の子供を自分の身内のように一緒に育てると言うことが当たり前に行われていると報道していました。親でも信用できないのに、ましてや他人をや、という声が聞こえてきそうですが、私は、これって過剰に危険を報道する姿勢にも影響されているのではないかと思うんです。

メディアの発達で、不幸な事件の背景を色々と詮索し、危険だ危険だと吹聴する。
それを見たり聴いたりした人たちは、もしかしてうちでも・・・あの人も・・・と人を信用しなくなる。人と話してその人の口から意見を聞くよりも、報道された内容を信頼してしまう。なんだか、そんなことが日本全土で進行中のような気がするんですよね。

人間の精神的な発達は、きっと技術に追いついていない。
Dr.コトーの島で、人々が自然とともに、島民と共に生活する姿を見ていると、そんな気がしてきますね。自然に生きるってことは、やっぱりつながっていくことだし、単独の生命なんてありえない。

命はつながっているものだし、つながりの中でしか存在できないものです。
つながることを避ける今の社会には、やっぱり無理があるような気がしますよね。