オトナのヘリクツが子どもを追い詰める

先日のエントリで書いた学校屋外活動放射線上限問題ですが、
小佐古教授の辞任会見のインパクトのおかげなのか、
昨日からのニュースや新聞でも大きく報道されていました。
小佐古教授の辞任劇が、仮に自らの学者生命を憂いたものであったとしても、
子どもたちが危険にさらされる前に、この問題を世論が取り上げることになったわけで、
個人的には、氏の果たした役割は大きいと思います。
山陰からは1000キロ以上も離れた地域のことで、関心がない人も多いかもしれませんが、
島根原発のお膝元なわけですから、本当に他人事ではありません。
この機会に、原子力やエネルギーのことを、真剣に考えてみてもいいかもしれません。

今回の件では、
もちろん、子どもの受ける放射線の線量基準についての曖昧な根拠(文科省はICRPの基準を採用したと言ってる)と、
「委員会を開かずに、しかも助言を求められてから2時間ほどで回答し、議事録もない」ことについては、
国民への説明責任を果たしておらず、大いに問題だと思います。
ICRPはやむをえない場合の基準の策定はしていますが、
この基準にも欠陥があることはその業界では知られていることだし、
しかも、そのICRPにしても、基準はどうであれ被爆は避けるべきだと提言しています。
(この件についてはこちらの記事が詳細に解説しています)

政府筋は、「20ミリシーベルトは上限であって、これだけ被爆してもいいと言ってるわけじゃない」
なんてヘリクツをこねてましたが、
年間1ミリのところを20ミリに引き上げて設定したことによって、
子どもたちを危険にさらす可能性も20倍増えたわけです。
これは、
例えるなら、「学校の周りでも、車のスピード制限を撤廃する」というようなもんでしょう。
心無い大人はどうかわかりませんが、
学校の先生や、保護者の方はきっと不安だと思います。

文科省の説明によれば、
この基準を「急いで」採用した理由は、
「厳しい基準を当てはめると学校の休校や疎開が必要になり、
疎開先の学校でのいじめや放射線に対する不安など、
疎開や休校で子どもたちが受けるストレスが懸念される

から、ということです。

この説明を聞けば、保護者や学校も、「なるほどな」と思うかもしれませんが、
だまされてはいけません。
日本人は、こういう感情に訴えるレトリックに弱いのです。
内容をよく読めばお気づきかと思いますが、
「放射線被爆による子どもの人体への影響に関わる対策」と、
「風評等による学校でのいじめとそのストレスに関わる対策」は、
全く別に扱われるべき問題です。

前者は、文科省だけでなく、厚労省なども含めた公衆衛生にも関わることであり、
被爆によって子どもが受けるダメージは、その発現が20年~30年後という、
まさに彼らとその子孫の生存にも影響する大きな問題です。
被爆の影響についてはまだまだわからないことが多いので、
より慎重に結論を出すべきだし、
わからないのであれば、一般人への基準、1ミリシーベルトを適用すべきでしょう。
ICRPの基準は、あくまでも緊急時で、短期間で収束する予測がたつものに当てはめるべきです。
福島原発のように、いつ収束するかわからず、しかも何が起こるかわからないような事態に、
これを適用するのは絶対間違いだと思います。

後者については、教育関係者、保護者、市町村役場が一体となって対策を行うことが望まれます。
こちらに関しては、放射線が人体に影響するわけではありません。
あくまでも、「放射線被爆に関する無知とそこから出てくる風評」に関わるものです。
子どもたちは理解力がありますから、大人がきちんと説明すれば、
疎開先でも新しい友達ができ、世界が広がることも考えられる上に、健康被害の心配がないわけです。

文科省は、風評対策を行うのがめんどうなのでしょうか。
昨日、枝野さんはあくまでも「土は取り除かなくても大丈夫」と主張していましたが、
その方がより安全性を高めるのなら、対策として行うのが当然だと思います。
取り除いた汚染土の廃棄場所に困ってるようなので、
そこまで言うなら国会議事堂とか霞ヶ関の花壇にでも使ってもらえば??と思います。
議員先生や高級官僚の大邸宅のお庭に撒かせてもらってもいいし。

こういった、「面倒」だとか「効率」だとかを背後に隠したオトナのヘリクツが、
それを受け入れるしかない子どもの環境を追いつめます。
子どもには選挙権がないから真剣に考えないのでは??などと邪推したくなりますが、
子どもがいなければ、人類は存続できないということを、もっと肝に銘じるべきです。
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by nasuka99 | 2011-05-02 12:04 | weird