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先日大山をポタッた時に、どうやらアナグマらしい動物と遭遇したのですが、
長年、あの辺りを走ってて、ホンモノを見たのは初めてでした。
同じ日に、ウチの連れも目撃したらしいので、家族だったのかも知れませんが・・・
このアナグマ、近頃は住宅街にも姿を現すようです。
アナグマは日本の古来種ということですが、それが、外来種であるアライグマに棲家を奪われているとのこと。
昨日のニュースでは、島根県のアライグマ被害が深刻化してるというのを報道していました。
島根県のアライグマ数は全国でも突出しています。

だいたい、外来種のアライグマが日本に棲みつく原因なんて、人間の仕業としか言いようがありません。
アライグマだけでなく、ヌートリアやワニガメもですよね。
しかも、温暖化してるし、普通なら冬に死滅するはずの外来種も生き延びることができそうです。
ペットとして飼ったはいいけど、持て余した動物を野に放つとか・・・
それが野生化してどうしようもないから駆除するというのは、
あまりにも人間の身勝手ではないでしょうか。
しかも、駆除しつくすことはできないと思いますので、ある意味、ただの虐殺に過ぎない気もします。
農産物に被害が出て大変なのはわかりますが、
もうちょっと、根本的な対策ができないものかな、と思います。
無駄な道路や施設を造るのをやめて、動物の棲家を保全するとか・・・
里山を復活して、野生との境界に犬や牛を放つとか・・・
昨日のニュースでも、捕まって檻の中で震えているアライグマの姿が目に焼き付いています。
無駄に動物の命を犠牲にするのはやめたいものです。

そのためには、まず、人間がもっと動物に関心を持つことが必要ですよね。
テキを防ぐには、まずテキを知ること。
相手の命を奪わず、お互いいい塩梅に棲み分ける知恵を学ぶことです。
地球は、人間だけのものじゃないんだから。
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by nasuka99 | 2014-07-11 11:39 | think
先日ソフトバンクが発表した人型ロボット”Pepper”
来年から販売開始になるようです。
お値段は19万8千円(+税金かな??)
果たして、iPhoneに次ぐヒットになるんでしょうか??

人型ロボットと言えば、HONDAのasimoや、
自分で組み立てるディアゴスティーニのRobiなどが先行販売されてますが、
一般人向けに、
コミュニケーションしかできないまさに愛玩ロボットが販売されるのは初めてなのでは??
(Aiboもありますが、コレは犬型だし)
ナントカ丸というのもあったような気がしますが、
持ってる人、見たことないし。果たして、Pepperはどのくらいニーズがあるのでしょうか?

ニュースで見た時には、結構デカイなぁ、と思いましたが、
小学校低学年くらいの大きさがありそうです。
置き場所にも工夫が要りそうですよね。
一体、どんな人の購買意欲をそそるんだろう・・・
私もロボット好きですが、これだけ大きいものだと、
よほど役に立つものじゃなければ邪魔なだけのような気がするんですが、
出来ることは「人間とのコミュニケーションだけ」のようです。
ロボットにコミュニケーションを求めるってどうよ??って感じですが、
それを必要としている人がいるとすれば、なんだか寂しい世の中だなぁ・・・と思ってしまいます(^_^;)

確かに、人間にしろペットにしろ、
自己の意識を持ってる生き物は、自分の思い通りに反応してくれるとは限らないので、
「いつもよりそって」はくれないでしょうし、
相手の反応を気にしながらだと、ストレスも溜まるでしょう。
自分の思い通りにプログラムできるロボットと居ることが、
一番心地よいと感じるかもしれない、という可能性はありますよね。
とりあえず、充電しておけばむやみに死ぬこともないし(^_^;)

ワタクシ的には、ロボットを買うのであれば、やっぱり機能を重視したい。
掃除や洗濯などの家事一般や、庭の手入れをしてくれるんだったら欲しい(笑)
コミュニケーションだけなら、ホンモノの人間と、ペットのネコちゃんたちで十分です。

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道楽で手に入れるならいいんですが、
本気でロボットに優しくされたい!と思ってる人がいるとすればオドロキ。
よほど、世の中の人間関係に疲れているのかも・・・

リアルな人間関係が煩わしくて、メル友やSNSに居場所を求め、
隣にいても会話はケータイメールやLINEで、みたいな世の中になってますが、
それでも、まだ機器の向こうの相手は生身の人間でした。
ロボットだと、正真正銘の機械ですよ~~

産業革命からこっち、
世の中の情報網は増えて行く一方で、
人間の頭の中は、もう爆発寸前なのかもしれませんね。
機械の発達に、人間の頭脳が着いていけなくなってる気がしてます。
それを解消してくれるのが機械というのが、なんだか皮肉。
根本的に、もうちょっとシンプルに生きる方法を考える時期に来てるのかも。
ネコを見習うだニャ~~
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by nasuka99 | 2014-06-06 15:05 | think
NPJで5月21日に配信された
『【速報】大飯原発運転差止請求事件判決要旨全文を掲載します』という記事が、
なんと1.9万「いいね!」を表示している!
こりゃ、もっと伸びるんじゃないかと思ったりしますが、
この数字からも、原発事故と今後の原子力政策に対する人々の関心は高いと推定できます。
もちろん、この判決文には賛否両論あり、
支持する人は、「格調高い文面」「命の大切さを表現している」等々と言い、
(ネットで引くと、支持派はたくさん出てくるのでそちらを参考にどうぞ)
不支持の人は、
「裁判所に地震の危険性を評価できる専門性はない」
「田舎の裁判所が勝手に安全基準を決めるべきではない」
「幼稚な判決で、100%最高裁で覆るだろう」

等々と意見を述べています。

自分の意見や態度を決めるときに、自分が持っている「信念」だけに頼らず、
右と左両方の意見を照らし合わせて判断することが重要だと思いますので、
私は判決文と、それに対する不支持派の意見両方読んでみました。
そしてやっぱり、判決文はスゴイ!という結論に達したわけです。

何故スゴイかというと、
この判決文が、あまりにも「あたりまえ」のことを、ブレずに、貫き通してるからです。

アタリマエその1.
 人格権(個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益)は、経済活動に優先する
アタリマエその2.
 原発は、いったん事故を起こすと長期間、大勢の人の人格権を侵す
アタリマエその3.
 「原発には安全性が保たれている」という主張には根拠がない

この3つのアタリマエ事項って、一般国民が一番言いたかったことだと思うんですよね。
そして、私が何より気に入ってる文言は、
『豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、
これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である』
という一文です。コレ言い切るの、むちゃくちゃカッコイイ。
原発だけでなく、農業や公共事業に関わる政策にも、言ってやって欲しい一言です。

多くの国民、つまり、先般の「国民の貯蓄額1739万円」の平均に達しない7割の人たちは、
この判決文を読んで、
「自分たちのことを顧慮してくれるエライ人が一人はいる!!」
と、希望を持ったのではないでしょうか。
判決文の最後の文章、
『原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、
原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、
福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、
環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。』
というところでは、
「いよっ、大岡越前、名裁き!!」
と声をあげたくなるほどでしたよ(笑)

不支持派は、
原発の安全対策の充実や原子力規制委員会の安全審査基準、
また、巨大地震発生の不確実性を根拠に判決文を批判していますが、
判決文は日本国憲法に則ったものであって、
その憲法の基本は「個人の尊重」ですから、
その個人の尊重が広範囲に侵される可能性がある原発の稼働を排除する、
という裁判所の判断は、きわめて妥当なものだと私は思いました。

巨大地震が起きるという保証はなくても、
「想定を超えた巨大地震が起きて原発が壊れ、甚大な放射能汚染に繋がった」
という事実が、現実的に「原発の安全性」を覆したのですから、
カール・ポパー風に言えば、
「原発は、科学的に考えられた強固な安全対策に守られているから絶対に安全」
という因果律への反証となっていることは間違いないです。
そうであれば、
福島原発の事故原因を徹底的に追及して、
こうすれば「絶対に」安全!という反証を以て、国民を納得させるのがまず筋でしょう。

裁判所が安全基準を決めるなとか、地震の発生率を科学的に証左すべきだとかと反論するのは、
そもそも、この判決文の趣旨からは外れているのではないでしょうか。
更に、↑リンクの石井孝明氏のコラムでは、
「一部の人の人格権を過度に尊重して、社会全体の利益、他人の価値観を尊重しない、
雑駁な議論を裁判所が行ったことに私は驚く。福井地裁の論理を使えば、
自動車や飛行機などの安全性の判定を、その規制法に基づいて、
「危険を感じて人格権を侵害される人のため」として裁判所が行えることになりかねない。」
と批判していますが、
そもそも日本国憲法が主眼を置いてるのは「個人の尊重」であって、
もっといえば、「社会全体の利益」を「個人の利益」より上とみるのは、憲法から外れていると思いますし、
自動車や飛行機を比較対象として持ちだしても、
判決文では、
「大きな自然災害や戦争以外で、
この根源的な権利(人格権)が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは
原子力発電所の事故のほかは想定し難い」
と明記していますので、反論になっていないんじゃないかと思います。

石井氏の批判の中で言えば「他人の価値観」は「公共の福祉」に当たるかも、と思いますので、
これだけが判決文に物申せると思いますが、
ならば、原発推進、反原発、とグループ分けするのではなく、
国民全体が、どんなエネルギーを求めるのか、どれだけのリスクなら覚悟できるのか、
更には、これからの未来、どんな生活を送りたいのか、
国民の考えとして踏み込んで議論するべきではないでしょうか。

利権が絡む限り(政治家や官僚の多くは利権に左右されるので)、
大企業寄りの政策になることは、今までの経験上間違いないでしょうし、
それを、「社会全体の利益」と断定されても困ります。
確かに、化石燃料を燃やし続けるのは環境上もよくないことですので変えて行かないといけないと思いますし、
でも、だからと言って対案は原発だけですか??ってことにもなります。
例えば、
脱原発がもたらすリスクの一つに、エネルギーの不安定性が入りますが、
多くの国民が「がまんできる」といえば、それでもいいんじゃないかと思います。

まぁ、この判決はエネルギー問題を裁いたものではないので代替エネルギー議論はおいといて。
この機会に、日本国憲法を読み直してみましたが、
結局、憲法というのは、まさに「こころ」の問題なんだなぁ~、と感じました。
科学論文ではないのです。
「一番大切なのは個人の尊重だから、それを達成できるように、考えて行動しなさい」
と言ってるに過ぎないんですよね。
特に、国家権力を戒めてるように感じるんですが、
今、安倍首相がやろうとしている「集団的自衛権」問題は、
まさにこの憲法の曲解ですよね。

言葉というのは曖昧で、確実に何かを表現できるものではないので、
解釈の罠が常に付きまといます。
それにブレーキをかけるのが、人間としての「こころ」の在りようなんでしょう。

原発問題も然りです。
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by nasuka99 | 2014-05-26 15:49 | think
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毎朝ペットを連れて散歩を楽しんだり、
秋風が気持ちのいい休日のサイクリングを楽しんだり、
おいしいものを食べながら、友人たちと語り合ったり・・・
そんなシンプルな毎日が、実はとても幸せなんだと、つくづく思うことがよくあります。
トシとった証拠かな(笑)

先日のクローズアップ現代で、
「ロボット兵器が戦争を変える」というテーマが放映されていました。
リモコン農薬散布機があるくらいだから、無人機くらいでは驚きませんが、
昨今の軍需産業では、益々兵器の無人化が研究され、実用化されているようです。
行きつくところは「ロボットが、ロボット自身の”意思”で攻撃する」ことだそうで、
そうなるとまさにターミネーターの世界ですね(^_^;)
無人機の操縦は、生きた人間がモニターを見ながら遠隔で行っているようですが、
それでも攻撃してる方はほぼゲーム感覚ですよね。
こんなことが進んでいくと益々誤爆が増えて、関係のない無実の市民が犠牲になるだろうし、
お金がなくてロボットが買えない国ではどんどん生の犠牲者が増えていくってことになりますよね。
こういうのって、倫理的に許されるんだろうか??と、ものすごく不愉快になりました。

戦場をロボットに任せるということは、
更にシンプルに考えれば、ロボットすら造る必要はなく、
全てバーチャルなところで戦っても、なんら変わりはないのでは??と思います。
要は、人間の犠牲を出したくないからロボット兵器化するわけで、
その事情は相手国だって違いはないので、
敢えて人間を兵士として投入しないなら、実物のロボット同士で戦争するのもアホらしくないです??
だって、消耗品ですよ??ものすごくお金が無駄になりますよね。
そんなことなら、「信長の野望」みたいにネットワークゲームで戦えば、
犠牲者は出ないしむやみに都市や自然を破壊する必要もない。
やりたいだけ永久に戦争が出来ますし、
そんなんじゃ軍需産業が儲からない!ってこともなくて、
ゲームの開発費ってかなりかかる割には原材料は要らないので、返って儲かるんじゃ??と思います。

なんでこんなシンプルなことを世の中のお偉いさん方は思いつかないのかなぁ??と、
クロ現の特集を見ながら思いました。
これぞコペルニクス的発想転換ですよ。
ITの技術があれば、途上国であれ戦争に勝つことができます!
経済的な格差もないし、巨神兵でもガンダムでも、好きな兵器造り放題!!
是非、国連でもこのアイデアをマジメに検討して欲しいと思います(笑)

いずれにせよ、ロボットであれ戦争なんかに使うのはモッタイナイしムダ。
兵器利用を考えるんだったら、
介護とか教育とか農林水産業とか、もっと人間の未来に役に立つことに使って欲しいものです。
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by nasuka99 | 2013-09-29 14:23 | think
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毎朝何気にNHKBSを見てると、
7時45分くらいから、「ニッポンの里山」という番組が始まるんです。
何度か再放送されたり、NHK特集で放映されたりしてるののミニ版。
今朝は、「昆虫たちが守る茶畑」ということで、鹿児島県の里山が紹介されていました。
桜島の火山灰が堆積して不毛と化した土地を改良し、茶畑を作ったということですが、
お茶農家の何割かは除草剤や殺虫剤の使用を控え、無農薬や低農薬で栽培してるとのこと。
そんな茶畑には昆虫たちが集い、
お茶の葉を傷める「害虫」を食べて駆除してくれるんだとか。
年に数回の茶摘のとき、農家の人々は、まず茶の葉を叩いて昆虫たちを逃がすんです。
そうすることによって、昆虫たちが茶摘の機械に巻き込まれて死ぬのを防ぐ。
まさに、人間と昆虫はお茶栽培の「パートナー」なんですね~~

なんだかいいですよね、自然とのこんな関係。
里山は、風景だけじゃなくて、そんな人間の本来の姿を教えてくれるようです。
お互いを尊重し思いやる、でも決してお互いの領域には土足で入り込まないという、
絶妙な関係が、里山の暮らしにはありますね。

一方で、こんな記事も気になりました。

“カワイイ”が自然を殺す、北海道で見た人間の残酷さ

北海道のキタキツネが、人間に手なずけられてしまって、
無防備で危うい状態に陥ってるというコラムです。
「カワイイ!!」と思うとエサをやりたくなるのが人間らしいですが、
自分のエゴイズムを満足させるためにエサをやることで、キツネが絶滅したらどうするんでしょう。
野生動物の餌付けは、「棲み分け」の境界を崩すものだと思います。
こういうことって、是非学校の授業で一般常識として教えて欲しいものですね。
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by nasuka99 | 2012-08-31 12:14 | think
ある意味、橋下大阪市長のやり方と言うのは、すっきりと納得できるものです。
内容については賛否両論あるけど、
「一般的な常識」に照らし合わせて、そりゃそうだろう、と思うことが多い。
大阪市の職員からは大ブーイングらしいですが、
それは、彼らが「公務員の常識」からモノを眺めているからでしょう。
「前例がない」といってやらないとか、「慣例だ」といって大日本帝国憲法時代を引きずっていたり。
つまり、常に周りや今までのやり方を参考にしながらの流動的な、なぁなぁの集合体みたいなもので、
しっかりした規範の上に立ってるものではないような感じ。
そんな、まるでスライムのような集合体を、
橋下さんは「法律」というものを柱にしてまとめ直そうとしている。
(まぁ、弁護士だしね)
拠って立つものが「上司隣人の顔色」というよりは、「法」という明文化されたものである方が、
そりゃ、筋の通った話になりますよね。

本日の池田信夫さんのブログを読むと、
なるほどなぁ~~と思える部分が結構ありましたので、興味がある方は是非ご一読を。
個人的に、
『法律や条例より「コンセンサス」やら「慣例」やらが優先する状態を改め、法の支配を徹底して意思決定のスピードを上げることが、決定できる民主主義のポイントなのだ。』
という部分に激しく同意しました。

政治家にしてもお役人にしても、
「仲良しサークル」状態では全く民意がつかめない、ってことでしょうな。
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by nasuka99 | 2012-06-22 14:35 | think
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昨年の秋から始まったNHKの朝ドラ「カーネーション」、
モデルは、コシノ三姉妹のお母さん、小篠綾子さんだそうですね。
大阪は岸和田に育ったヒロインが、戦中戦後の混乱期をミシン一つで乗り越え、
日本のファッション業界の礎を築くまでを描いたもののようです。
昭和時代前半の物語ですが、
ウチも祖父母の代からの店屋(あんこ屋と呉服屋)なので、
描かれてる情景が何となく懐かしいというか(笑)
私が生まれた頃にはもうそんなこともなくなっていたようですが、
母が若い頃は、住み込みのスタッフが何人もいたようだし、
私が幼い頃はまだ呉服屋も繁盛してて、
まさにオハラ洋装店のような雰囲気だったとおぼろげに覚えています。

昭和後期も高度成長時代の流れで、中心市街地の商店街は大賑わいでした。
新しいモノが次々と生み出された時代だし、
巷には今みたいに色々なモノがなかったので、
年に数回の神社のお祭や、土曜夜市の屋台でおもちゃやお菓子を買うのが子供の楽しみ。
とにかく、店頭に出せば何でも飛ぶように売れた時代でしょうねぇ。

しかし、物質経済から金融経済へと変化するに従って、
人の価値観や、モノを買う方法もどんどん変わって行き、
中心市街地はあっという間に廃れてしまいましたね。
地域作りや町おこしにはかなりの助成金が出るので、
それをあてにして(というか、補助金もらうのが目的になってることも多いような)町おこしやってますが、
なんだかイマイチぱっとしない地域が多いです。
中心市街地が活性化しない理由として、
駐車場がない、町が高齢化している、跡継ぎがいない、大きな郊外型スーパーが出来た・・・
などが必ず挙げられるのですが、
それもあるかもしれないけど、大きな要因は、やっぱり商店主の意識だと思うんです。

ドラマでの店の賑わいぶりを見ていて、
確かに、モノがなかったあの時代は、何をやっても売れてたと思うんです。
その時代の子どもが商店を切り盛りするようになったころ、
人間を取り巻く環境が変わり、モノも溢れて飽和状態になり、
店頭に出せば売れる時代ではなくなりました。
にも関わらず、過去の成功体験を、あたかも自分の本来の力のように間違って捉えてしまってる。
私も、就職する前のセミナーで、いわゆる「成功者」の話を何度か聞いたことがありますが、
確かに、それなりの努力はあったんでしょうが、
おそらく、「商品があれば売れる」ということが大きかったような気がするんですよね。

高度成長期の「努力」というのは、
なるべく多くの商材を揃える、お客様の要望に迅速にこたえる、
あたりが重要だったと思うんですが、
現代だと、例えばできるだけ安く提供するっていうのが一番でしょ。
だから、体力のない地方の小売店は、価格でかなうわけもなく、
ディスカウントショップに食われてしまうんですよね。
それなのに経営者ときたら、時代の変化と言うのを考慮に入れず、
過去の成功体験からしか対策を考えないわけですよ。
昔と同じことをやっていても、ニーズが違うんだから繁盛するわけないですよね。

中心市街地の活性化も、
アーケードを取っ払ったり、店の前の道を(補助金で)きれいにしたり、そんなことばっかりで、
内容(オーナーの意識)に全く変化がない。
これじゃあ、賑わいが戻るわけないでしょって言うか。

そもそも、中心市街地に賑わいを取り戻す必要があるのか??っていう気もします。
一時人が集まったって、継続的に来てくれなければ意味はないわけで。
一度に大勢集めるのは今のご時勢無理だろうし、
人ごみを掻き分けて買い物をするというスタイルは、現代人のニーズには合わないでしょ。
では、今、人は「ショッピング」に何を求めているのか・・・
そこを追求しないで、カーネーション時代のような成功を夢見たってダメって気がします。

朝ドラ見て「あの頃はよかった」なんて思ってる経営者も多いんだろうな~、なんてね。
そんな思い出に浸ってるうちは、いつまで経っても中心市街地は活性化しませんよね(^_^;)
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by nasuka99 | 2012-01-19 17:05 | think
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とても恵まれてると思うのは、
私の住む山陰地方は、中心部からさほど離れていないところにこんな風景が広がっていることです。

とは言え、
ごく一部の、太平洋側の大都市を除けば、
日本の地方にアタリマエの風景なんですよね。
山の中を突っ切るように整備された(ほとんど交通量のない)道を通ることもしばしばありますが、
本当に、山と山の狭間の、猫の額のような場所や、
線路際や用水路縁の、ほとんど幅のないようなところにさえ、
ささやかな水田や畑が作ってあります。
空いてる土地は全部田んぼだなぁ~~!と驚嘆するくらい、
日本人と田園風景は、寄り添って暮らしてるんですね。
恵まれてるのは、日本に生まれてきたことそのものなのかも。

更に山陰地方では、何かの野菜や果物等を、ものすごく広大な土地に一様に栽培してる、
という光景はあまり見かけません。
(しいていえばお米くらいですかね)
基本的に、大規模経営よりも家族経営の農家が多いのがその一因でしょうか。
でも、最近、とある米子市近郊の役場を訪ねたとき、こんな話を聞きました。

お隣の市に拠点を置く農業法人。
おそらく、人件費の安い外国人を雇って、市近郊の耕作放棄地をあちこち借り上げ、
長ネギなどを作ってるとのこと。
時期になると、バスに乗ったスタッフがダダーーーっとやって来て、
畑作業をしてまた次の農地にダダーーーーっと移動するらしいです。
役場の人も、その正体(笑)を詳細には把握してないとのことでした。
なるほど、そうやって安い野菜を市場に投入してるんでしょうか・・・

現在、TPPが話題になっていますが、
確かに、これだけ世の中グローバル化しているなら、
それに従って市場を開放することも、ある分野では必要だと思います。
でも、こと「食」に関しては、そこまでグローバル化する必要があるのか??と思ったりもします。

安い食材が作れるということは、
費用の中でもっとも大きなウエイトを占める人件費を極力抑え、
自動化、機械化に頼るということを意味します。
そのためには、なるべく広大な土地で、同じ作物だけを栽培し、
手入れの手間隙を省くために農薬や抗生物質を使うことも必要になってきます。
これって、自然の営みに反してると思いませんか。
自然は、本来もっと多様なもののはずです。

生物多様性が何故重要なのか。
それを読み解く鍵が、こちらの本に書かれています。

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『ハチはなぜ大量死したのか』

数年前に、ほぼ地球全域でミツバチが謎の疾走を遂げるという事件が話題になったことがあります。
温暖化か??ウイルスか??
と、テレビのニュースやクロ現でも取り上げられたりしましたが、
この本は、ミツバチ死滅事件を細かく追跡調査した内容。
それだけでなく、ハチの生態や、西洋と東洋のミツバチの違い、ミツバチと花との関係など、
目からウロコの話題が満載。
読み進む中で、
今、人類が直面している事態がいかに異様なものなのか、
まるで腹の底から寄生虫がジワジワとにじり上がってくるような気持ち悪さで伝わってきます。

この本を読んで、
市場経済にのっとられた第一次産業がいかに危ういものか、
そして、本当の豊かさとは何なのかということにまで考えが及ぶようになりました。
やっぱり、野菜は地産地消で食べたいよ~~!(笑)
安全で、しかも持続可能な、未来に遺していける自然を守るために、
人間の生活にもそろそろパラダイムシフトが必要なのかもしれません。
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by nasuka99 | 2011-11-25 16:14 | think
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『日本中枢の崩壊』の著者である古賀茂明さんが、辞意を固めたという報道が先般ありました。
ところが、その辞意を撤回したという報道もあったので、一体どうしたんだ??と思ったところ、
今日のこの「現代ビジネス」の記事を読んで、なるほどなぁ、と。

自民党時代、渡辺善美氏の下で公務員改革に乗り出した古賀氏ですが、
もちろん、官僚からの反発はものすごく、
そうこうしているうちに政権は民主党へと移ってしまい、
このタイミングで現在「経済産業省大臣官房付」という閑職に追いやられています。
仕事がないなら辞めるしかない、ということで辞意を表明されたわけですが、
この経産省大臣も、ここのところコロコロ変わるので、
このたび、枝野氏が役職に就いた折に大臣の意向を聞いたところ、
「辞めてもらってもいい」という返事があった、というような話。
詳細はリンク先を読んでいただいたらいいですが、
「脱官僚」「政治主導」を訴えている(はずの)民主党が、やっぱり官僚のご機嫌を伺うという体たらく。
更に、日本はフランスと並んで、未だに「原発推進」の姿勢を崩していないらしいです。
あれだけの事故を起こしながら、さすが原子力村というか、進歩がないというか。

私は、公務員という組織の特異性は、「誰も責任を取らなくていい」ということに尽きると思うんですが、
公務員に限らず、大きな会社、
そして、同じ立場の人が寄り集まってる商店街組織やNPO団体にも、同じ特徴が見られると思います。
そこで活動している誰もが腹を痛めないよう、皆で庇い合うわけですね。
当然、誰も責任を取りません。
官僚組織の頂点に立つ大臣でさえ、自分の責任で物事を決めないわけですから、
コレでは、日本は変わらないなぁ、と。

あれだけの未曾有の災害に遭い、
地球規模の汚染を撒き散らしながら、
誰も責任を取らず、それどころか国民に更なる負担を要求する国、ニッポン。
一度、破綻しないとどうにもならないのかも。

古賀さんの本も買ってるんですが、
読んでるだけで、腹が立って気分が悪くなるんです。
気分転換に楽しい本でも読みながらでないとついていけません。
だから、なかなか先に進みません(^_^;)
嫌なことって、目を背けて知らんふりしたくなりますが、
それでは、世の中は変わらないことを、この国が自ら教えてくれていますので、
私たちは、何とか踏み止まらないといけませんね。
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by nasuka99 | 2011-09-23 17:21 | think
先日は、山陰地方でも地震がありました。
夜中の2時前。
私は、なぜか地震が起こる直前に目が覚めてしまう体質なんですが、
この時の揺れは結構長く、
阪神大震災や、鳥取西部地震が起こったときのことが思い出され、
その後しばらく寝付けませんでした。

私の住む地域には、さほど高い建物はありませんが、
地震は、高いところほどよく揺れるとか。
特に長周期の地震波は遠方まで届き、それに共振する建物を揺らすそうです。
YouTubeで、3.11のときの高層ビルの共振動画を見ました。



安全性には問題がないそうですが(揺れることで衝撃を吸収するらしい)、
でも・・・
高所恐怖症のワタクシには、こんな高い建物の中での生活は絶対できませんわ~~(^_^;)
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by nasuka99 | 2011-06-11 12:30 | think