コトバのココロ



震災で、開催を危ぶまれていた高校野球春のセンバツ大会ですが、
先日からその熱い戦いの火蓋が切られています。
今大会の選手宣誓の動画が↑。
ニュースでも見ましたが、とてもすばらしい宣誓でした。

しっかりと前を向き、一つひとつの言葉をかみ締めて、力強く謳いあげる野山主将。
画面を見ずに、声だけ聴くと更によくわかるんですが、
彼の言葉は、すんなりと、私たちの心に届くんです。
そして、その言葉によって、
彼の想い、言いたいことが、聴いてる人の頭の中にイメージとして浮かび上がります。

自分自身が過去に体験した災害・・・
現在、多くの人が辛い思いをしている震災の画像・・・
被災した人たちを支える自衛隊、警官、消防隊、そしてボランティアの姿・・・
そして、厳しい環境にもめげず、笑顔を見せる子どもたち・・・

おそらく、
私たち一人ひとりの経験値に合わせたイメージで、
この選手宣誓の内容をしっかりと理解できるからでしょう。
そして、そういうはっきりしたイメージを描けるのは、
野山君と言う一人の高校生が、
自分の思いを、自分の言葉で、一生懸命伝えようとしているからだと思います。

「言語」というのは、それ自体はただの記号でしかありません。
記号の羅列が意味を持つのは、そこに心が入るからでしょう。
つまり、伝えたいイメージや想いがなければ、
いくら言葉を発したところで意味をなさないということだと思います。
自分の思いを100%伝えるのは不可能に近いですが、
より100%に近づけるためには、お互いが共有できるイメージ領域を増やすことが必要です。
そしてそのイメージ領域は、言語だけでなく、
しゃべり方、表情、抑揚、ジェスチャー、間の取り方などの、
メタ言語、非言語によって伝わることが多いものです。
自分の中でより鮮明なイメージを描き、非言語で言語を支えながら伝えることが、
より多くの共有されたイメージを受け手に与える要因になると思います。

政治家が説明する言葉が私たちに理解できないのは、
彼らの中のイメージが鮮明ではない、つまり、それが自分から出た言葉ではないからでしょう。
話す本人が理解してないことを、
聞き手が理解できるはずがありません。

政治家やエライ人たちには、この選手宣誓を見て、
自分達に足りないものをきっちり学習して欲しいと思います。
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by nasuka99 | 2011-03-27 11:09 | psychology